妖怪研究の第一人者といえば、やはり長年国際日本文化センター所長を務められ、
2020年3月に退任して名誉教授になられた小松和彦先生です。文化人類学者、民俗学者である
小松先生の著書は多数出版されていますが、まず初回は2011年に先生が編著された
『妖怪学の基礎知識』を10回に渡って解説していきます。
まず、念頭においていただきたいのは、「妖怪」における学問的なあり方の変遷です。
従来「妖怪」は学問的には「低俗」「迷信」「娯楽」であり、単なるエンターテイメントで
あるとして、長らくまともな研究対象として見なされることはありませんでした。
しかし、近年の妖怪ブームに刺激されたこともあり、民衆や大衆の心をこれだけ動かし、
消費が行われている分野ならば、低俗だろうが迷信だろうが、
日本文化を知るうえで研究対象として意味があるとして、
昨今は妖怪の地位も見直されてきています。
そうした変化は大変結構なことなのですが、小松先生が不満に感じられたのは
最新の研究を俯瞰した「概説書」がないこと。
妖怪研究の道標となるような入門書がそれまではなかったのです。
そこで先生が編著されたのが、この『妖怪学の基礎知識』です。
特定の切り口で妖怪について論じている著書が多い中、こちらの書籍では、
その名の通り、妖怪の全体像をつかむための基礎知識が網羅されている一冊と言うことが
できるでしょう。
妖怪とは好ましくない超自然現象
第一回目のテーマはズバリ「妖怪とは何か」
「妖怪の定義」とは何になるのでしょう?この単刀直入な問いに、
小松先生はどのような答えを出されているのでしょうか。
結論としては、「超自然的なものによって起こる現象」であり、かつ「好ましくない怪異」です。
順を追って説明していきます。
広い意味での妖怪は、「神秘的、不思議な、奇妙なこと」が「超自然的なものの介入」によって
発生したと見なされたものです。しかし、この意味での妖怪はどこの社会、つまり世界中どこでも
みられる文化と言えます。この定義でいうと、世界各地で信仰される神様なども「妖怪」の部類に
入ってしまいますね。でも、それはちょっと違和感がありますよね。
そこで、もう1段階、狭い意味での定義づけをします。
それが「人にとって好ましい現象か、そうでないか」になるのです。
例えば、夜中に大きな光り物がどこかに落ちたらしいという現象があり、
人々が不思議に思ったとしましょう。それを「いいもの(吉兆)」とみなすか
「悪いもの(凶兆)」とみなすかは、その社会によるのですが、
これが凶兆とみなされた時にそれは狭い意味での「妖怪」と定義づけされるのです。
このように、妖怪とは「望ましくない超自然現象」として定義付けしたところで、その中身を更に3つの領域に分けます。
①出来事・現象としての妖怪
②存在としての妖怪
③造形としての妖怪
①出来事・現象としての妖怪
これは一番広い意味での妖怪で、五感を通じて神秘的、不思議な、薄気味悪いと思わせるような
出来事・現象に遭遇した際に、その出来事が発生した意味を「望ましくない超自然的なもの」の
せいであるとすることです。
例えば、深い山の中のある川縁で、小豆をとぐような「しょきしょき」という音が聞こえた。
周りには民家もなく、こんなところで小豆をとぐような音がするはずがない。
これを超自然的な現象とみなし、更に古くから言い伝えられる「小豆とぎ」という妖怪の伝承を
受け入れると、その「怪音」は「小豆とぎ」という妖怪になる訳です。
このパターンの妖怪には、その背景にその社会なり、文化なりが作り出してきた、
独自のメカニズムがあります。元々の言い伝えがあり、そこに不思議な現象が起こることで、
「『小豆とぎ』という妖怪が出す音に違いない、それはこの山奥である時亡くなった人が・・・」
というような物語的な説明が加えられていくことになります。
②存在としての妖怪
人間を取り巻く環境には、様々な存在物があります。木でも石でも、鳥でも椅子でも、
スマホでも、存在しているものならなんでも当てはまりますね。
そうした「実在する存在物の中に、超自然的なものが関与している存在物がある」と
古来より考えられてきました。簡単にいうとこれが存在としての妖怪です。
このパターンの妖怪を理解する上で前提となるのが、日本におけるアニミズムです。
ありとあらゆるものに霊魂が宿っているというこのアニミズム的な考え方が、
このタイプの妖怪の誕生に大きく影響していると言えるでしょう。
万物に宿る霊魂は人格化され、人間と同じように喜怒哀楽があるとされてきました。
(西洋のモンスターと比べて、日本の妖怪が人間的で親しみやすいのは、
このような観点があったからかもしれませんね)
人間にとっては、その霊魂の怒りは「荒れる魂(あらたま)」と呼ばれ、
天変地異や疫病など様々な災厄をもたらし、
その喜びは「和む魂(にぎたま)」と呼ばれ、
豊作などの富や幸を与えるとされてきました。
このうち、「荒れる魂」は望ましくない超自然現象を起こすものとして、「妖怪」とされます。
最初に定義づけされた通りですね。
そして「和む魂」はどうなるのかというと、
「神」と呼ばれるものになることが多かったようです。
ここで注目すべきは、「神」と「妖怪」は、はっきり区別されるというよりは、
人間との関係によって変換するものであるということです。
例えば、古代神話におけるヤマタノオロチは、スサノオが現れるまでは、「和む魂」としての
扱いでしたが(生け贄を必要としているので微妙なところでありますが・・)、
スサノオは神としてのヤマタノオロチを否定し、妖怪であるとして退治してしまいました。
このような神と妖怪の両義的な存在は、多くは狐、鬼、天狗などに見られるのですが、
なんでもかんでも存在さえすれば妖怪や神になるのかというと、そうでもなかったようです。
蚊やトカゲ、コウモリなどの妖怪伝承が見られないように、
神・妖怪になる存在とそうでない存在がある、ということも、
妖怪学の基礎としては頭におくべきだと、小松先生は述べられています。
③造形としての妖怪
①、②のように形成された妖怪の全てが具体的な姿形が創作され、絵画化されている訳では
ないので、「造形」としての妖怪は、一番狭い領域と言えます。
妖怪的な存在は、古くは『古事記』『日本書紀』にも記述があるにも関わらず、
その造形を表わすような図や絵などは添えられていません。
なぜ、古代の人達は妖怪の造形を行ってこなかったのでしょう。
日本では、古来より神々を彫刻や絵画にする習慣がなく、
これらを造形化するようになったのは仏教の伝来により、仏像・仏画の影響を
受けるようになってからなのです。
それが中世になると、僧侶、商人、武士などがたくさん住む京都では、
絵と言葉で物語りを描く「絵巻」という表現方法が開発され、
有名な物語や政治的事件の顛末などが絵巻で語られるようになり、
脇役ながら、神秘的名存在、妖怪的な存在も描き込まれるようになっていったのが
妖怪の造形の始まりと言えます。
絵巻の作者やその読み手である庶民は、当時もまだ妖怪を恐れていたはずですが、
妖怪の絵巻の多くは、神様のように信仰の対象ではなく、娯楽として制作されていたので、
この頃から妖怪は娯楽としての対象になり始めていたようです。
目に見えない恐ろしいものに形を与えて、自分達が理解しやすい領域に引きずり込むことで、
今まで恐れるだけであった妖怪よりも人間世界が優位に立とうとしたのかもしれませんね。
初回は「妖怪とは何か」についての解説をしてきましたが、いかがでしょうか?
超自然的な現象に、徐々に人間世界の解釈を加えることで誕生する妖怪、
アニミズムを前提として誕生する妖怪など、
妖怪の背景にある日本独特の文化が少しだけ浮き上がってきたような気がします。
このような成り立ちだからこそ、日本の妖怪はとても人間的で、どこか本当にいそうで、
時には私たちの行動にまで影響を与えてしまうような、
実は割と強力な文化装置であったりするのです。
そのあたりの事も、今後解説していくことになるでしょう。
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